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老舗の経営と家系の力

■老舗大国の日本、そして京都
 弊社がある京都には数多くの老舗があります。
 帝国データバンクの「2014年長寿企業の実態調査」によると、創業100年以上の長寿企業(個人経営、各種法人含む)は全国に2万7335社あるとされ、全企業の1.89%になります。
 この数字がどれほどのものか、諸外国と比べてみましょう。
 2008年5月韓国銀行は「日本企業の長寿要因および示唆点」 と題する報告書を発表しました。
 その報告書によると、世界(41ヶ国)に創業200年以上の企業5586社あり、このうち3146社が日本に集中しており、 続いてドイツ837社、オランダ222社、フランス196社の順となります。 日本がダントツに多いことが分かります。

 国内をみると都道府県別の長寿企業数では東京都が2624社で最高ですが、その輩出率は京都府が4%でTOPになっています。 ちなみに輩出率の2位は山形県、3位は島根県、4位は新潟県となっています。
 京都に長寿企業(1163社)が多い理由として、戦災に遭わなかったこと、寺社仏閣の支援があり伝統工芸を守り育てる風土があったこと、 そして何より1000年間首都であり続け、天皇がお住いなる御所と多くの公家と武家屋敷が建ち並ぶ、政治と文化の中心都市であったことです。
 京都には必然的に一流の商品・芸術品が集まり、それらを取り扱う商人・職人・芸人も一流です。その中から厳選された一級品は宮家に納める「御用達」に選ばれます。  消費者である市民も美意識が高く、商品をみる目や食へのこだわりも高くなります。
 よって京都で成功するためには高品質であること、そして信頼を裏切らないことが絶対要件といえます。
 彼らは技能や商品の品質に磨きをかけ、切磋琢磨し合うことで次の世代へ伝承できる土壌を作り上げてきたわけです。
   <老舗企業創業年次ベスト10>
  敏達天皇6年(578)  金剛組  建築業 大阪市
  慶雲2年(705)  西山温泉慶雲館 旅館 山梨県早川町
  養老元年(717)  古まん 旅館 兵庫県豊岡市
  養老2年(718)  善吾桜 旅館 石川県小松市
  宝亀2年(771)  源田紙業 紙業 京都市
  延暦12年(793)  虎屋黒川(虎屋饅頭)  製菓 京都市
  寛平元年(889)  ㈱田中伊雅仏具店  仏具製造販売  京都市
  天禄2年(971)  平井常栄堂  医薬品製造 京都市
  長保2年(1000)  一和  製菓 京都市
  永治元年(1141)  ㈱須藤本家  酒製造  茨城県友部町

■ファミリービジネスとしての老舗企業
 老舗企業を資本金規模別でみると、資本金5千万未満または個人経営の企業が87.1%を占めており、 従業員規模別では従業員50人未満の企業が87%と中小企業の比率が高いことが分かります。(2013年8月帝国データバンク)
 老舗企業の多くは「ファミリービジネス」と呼ばれる同族経営・家族経営です。
 一説には日本企業の約95%、雇用の70%以上がファミリービジネスが占めているといわれています。 これが明治・江戸期になればほぼ100%といえるでしょう。
 「ファミリービジネス」が老舗企業を育てていることはあきらかです。

 欧米では利益率の高さ、不況への強さ、雇用など地域社会への貢献度が高さなどから、ファミリー企業経営の評価されているといいます。 しかし日本で同族経営といえば一族間の権力争いや企業不祥事ば目立ち、マイナスイメージが強いようです。
 同族・家族経営の企業では「経営」と「所有(株主)」が一致していることから、経営者と株主との対立が起きにくく、経営方針など意思決定の速さなどの長所があります。 その一方でオーナー経営者の独走や経営者一族内の対立、後継車の育成、事業承継の失敗などといった課題もあります。
 老舗とよばれる長寿企業は同族・家族経営の長所を最大限生かし、これら課題を克服した優良企業なのです。 長きにわたり消費者から支持を得る経営は容易ではありません。
 それゆえに老舗が提供する商品、サービスに大きな信頼を寄せ、「ブランド」になっていくわけです。

■継続する老舗企業の経営
 同族・家族経営で育てられた老舗企業をみてみると、 まず創業の精神を大切にし、次世代への家業継承に重きが置かれていることが分かります。 目先に利益にとらわれず、「牛のよだれ」に例えられる持続的な成長と中長期的な業績の拡大が追求されています。
 ひと口に100年企業といっても、2度の世界大戦と壊滅的な敗戦、リーマン・ショックのような金融危機、東日本大震災などの自然災害などを乗り越え、 さらに変化する消費者のニーズに対応し、消費者から支持を受けたから生き残ることができたわけです。
 その経営の特徴は何でしょうか。
  ●残すべきものを堅実かつ実直に守る。
  ●変えるべきことを大胆かつ緻密に変えていく。
  ●創業の精神や経営理念・目的意識が浸透し共有されいる。
  ●人材を育てる。
  ●顧客・従業員・世間・取引先の信頼からの守る
 同族・家族経営ゆえの課題やリスクを克服し、事業を継続させている老舗企業に共通していえることです。

 “家系は三代”ともいわれます。多くの家系を調べてみると、4代・5代と続いていく中で婿養子や養子が入り、直系の血筋は途絶えます。
 一時期、経済的に成功し社会的地位の上昇を成し遂げても、そのような家系の転換期を境目に下降に転ずる場合もあります。
「栄枯盛衰」「盛者必衰」とはまさに「家」の歴史に当てはまります。
 家業で成り立つ老舗企業は、ある意味これらの課題を克服し、家系を継続しています。

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老舗企業からみえる家系継続の秘密

 老舗家業として事業を継続してきました。明治期以前においてはほとんどが家業の継承です。 また伝統芸能や職人技も家業による継承がベースにありました。
 数代に亘り積み上げてきた経営の在り方が老舗を育てたように、伝統芸能や職人技の深い精神性も継承される中で磨かれ、築かれたといって過言でないでしょう。
 それでは老舗はいかにして、事業や技を受け継ぐ継承者と「家」という器を継続させてきたのでしょうか。

子孫へ残す戒め『町人考見録』
 「人の振り見て我が振り直せ」との諺がありますが、大町人盛衰の様子をみて自家の戒めとしたものに『町人考見録』という書物があります。
 『町人考見録』は三井総本家の三代高房が、父高平の話などをかき集めて「後世子孫の心得」として著した教訓です。

 その序文には「おおよそ京師の名ある町人、二代三代にて家をつぶし、あとかたなく成行事、眼前に知る所也」とあります。
 つまり初代は商売を成功させ子孫に富を残すため、一生を倹約し家業以外に関心を持たず苦労します。初代の苦労を見て育った二代目も家業に励みます。 しかし苦労やお金の大切さが分からず育った三代目が家を潰すというわけです。
 そして唐太宗皇帝と臣下との問答や徳川家康の遺訓、源氏三代の滅亡、足利将軍家の衰退を例にあげて 「家業を忘るるを以て、終に家を失ふ」と説いています。
 破産の主な原因は大名貸や豪奢・驕慢です。
 あとがきには「人に義理をうしなひ、我がままをふるまひ、その家の衰微をはじむるものなり」 「家を富し家族を養育し、長命を得て、心に思ふことなく、臨終に及べばこれすなわち即身成仏 若き時に楽を好み、老いて家おとろへ、心ゆたかならずして終りなば、たちまい無間地獄」 「すべて一心の置き所より変化す。これ家職と家を大切に思はざる故にあらずや」 など人の道を説いて子孫の戒めとしています。

 三井家では二代高平の時に『宗竺遺書』がまとめられています。江戸時代の三井家の家法といえるもので、一族繁栄のための戒律です。
 老舗には明文化されなくとも、このような遺訓が残されています。
 そこには現在の「家族のあり方」を見つめ直すヒントがあるように思えます。

先祖を敬い、先祖の歴史記録を大切にする
 老舗には、先祖代々の努力と苦労があり、その恩恵で現在の家業や「家」があるという考えが根底にあります。
 そして当主にとって家業や「家」は個人所有物ではなく、当主は「先祖の手代」つまり先祖から受け継ぎ、子孫へ引き継ぐ、「お預りしたもの」という意識が強いのです。 このような家への意識は現在の法人に近いものがあるかもしれません。

 老舗の家訓をみてみると、
 「祖先を敬し父母の孝なれ」(土倉家)
 「祖先を尊ぶは我国風の美なる所以なり、一家に於けるも亦然り。
   故に一家の大事は必ず祖先に奉告し、而して後決行せよ」(本間家)
 「宗家祖宗の遺志遺業にかんがみ家風を尊守すべきこと」(本間家)
 「先代の労苦によりて家を起せし事を思はば我もまたこれに倣い、
   身代を起してこそ祖先を恥かしむることなしと謂ふべけれ」(松屋)

 とあるように、先祖を敬愛する心の大切さを説いています。

 そして老舗には「家譜」「家史」という先祖代々の記録がまとめられています。
 それには事蹟だけでなく、残した言葉や人生訓が記されていることもあります。「家譜」自体が家訓の役割も果たしています。
 歴代当主は、折にふれては「家譜」を開いて先祖の努力と苦労に想いをはせて、自らを戒めて、奮い立たせたに違いありません。
 「家譜」にはそれだけの力が備わっています。

神仏の加護を受けるには精進が必要
 信仰心の重要性を説く老舗の家訓は少なくありません。
 「信心慈悲を忘れず、心を常に快くすべし」(中村家)
 「神を敬ひ仏を崇ぶは誠心誠意を喚起する所以なり。
   一日も信仰の念をゆるやかにせべからず」(本間家)
 「毎日暫時なりとも神仏に礼拝いたすべく候、(中略)、
   もしかくの如き心なくば聊か人間の皮着たる畜生当然」(伊藤家)
 「神儒仏の三道者人の一生無事ならん事を教しものなれば、
   必ずおろそかに思ふべからず、」(矢谷家)

 老舗の当主は、大いなるものへの畏怖・畏敬の念を持つことが、自らの驕りや放縦・欲心を抑え、 誠実・感謝・愛情という善心を喚起することを体験的に知っていました。

 しかし盲目的・御利益的信仰は戒めています。
三井家の『宗竺遺書』では、
 「仏神はその人の心に有、然るを金銀を出して善を整え候様成事はあるまじく候」
とあり、まず家業に精進努力することが大切であり、その上で神仏の加護を求めるものであり、お金を出して得られるものではないと説いています。

家内の和合を大切にする
 老舗では、家庭和合のあり方が「家の継承」の基本と説きます。
 そして「家内の和合」は奉公人や別家・一族の和合につながり、それは対外的な信頼にもつながります。老舗において世間の信用は財産です。
 また激変する商いの現場で様々な課題を克服するのに、家内・社内に不和があっては致命的です。
 戦国時代においても、いち早く一族・家中をまとめ、宗家(当主)が掲げる方向性に結束し、猛進できたところが勝ち残っています。 薩摩島津氏や甲斐武田氏がそうです。家中に乱れがあれば、その隙間をつかれてたちまち滅亡の危機に陥ります。

 では老舗の家訓をみてみましょう。
 「家内むつまじき事専一なり、むつまじければ家内息才にて富貴の元なり」
   (斉藤家)
 「家の主人たる者は家人の見習う処なれば、まずその身を正しく慎みて家内を善に
   導くべし。親子・兄弟・夫婦の間睦ましく、家人並びに出入の者を憐れみ」
   (矢谷家)
 「家族は一同和令を旨として、(中略)、不和合は身代を破るの本」(中村家)

 とあるように、家族和合の大切さを説いています。
 そして家内の和合のために、
 「家庭の風波は多く主人の邪淫より生ず、酒色に溺れざれば身家共に全くし
   宜しく五戒を尊奉せよ」(伊藤家松坂屋)
 「巳れが行状修まらざらば、家内の和熟を望むべからず。家内不和合なれば商業の    繁盛望むべからず」(松屋)

 と当主自身の振る舞いを厳しく戒めています。

 『老舗と家訓』(足立政男著)には家訓から拾い上げた「家業永続の秘訣」として15項目をあげています。 それは孝道・養生・正直・精勤・勘忍など倫理道徳つまり「人の道」を説いた内容になっていまです。

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